<Macintosh〜2>
Centris
650は快適なマシンだった。何をするにも過不足無い。
そのころMacintosh使いの友人に「パソコン通信してみたら?きっとハマるよ」と言われた。でも、まだモデムはやっと9600bpsのものが出たばかりで、値段も9万円、とかする(^-^; さすがにいくら楽しそうでもホイホイとお金を出すにはいかない金額だ。ところがそれから1年ぐらいの間に値段もぐんと下がり1万円台、速度も14400bps対応に。
1994年10月。そろそろ買い時かな、とアイワのモデムを購入。通信ソフトにややこしい呪文をいくつかセットして電話線を繋ぐ。パツパツパツとダイアルアップする音。続いてピーーーーギャギャギャギャーとネゴシエーション音。ニフティサーブ(現@nifty)にオンラインサインアップで入会だ。凄く緊張。電話代も気になるし、間違えたらどうしようとドキドキしながら項目を埋めていく。無事完了。電話を切った後、汗びっしょりになっていた。
仕事場での知り合いに「入会したらメールの相手をしてあげるよ」と言われていたので、その人に初メールしてみた。その頃、私が使っていたのはモデムに付いていたActiveTalkという通信ソフト。自動巡回とかも出来るのだが、まだそれを組めるほどの能力がなかったので、手動でアクセス。無事にメールを取り込み、そしてそれに返事をして送り出し、また返事を受け取り。。。出来るじゃん@自分
そのうちに勝手も分かってきた。フォーラムとよばれる専門会議室が沢山あって自分の好きな分野の濃ゆい情報が行き来してる、というのに興味を引かれる。何年か前から香港に興味を持ち始めていたので、旅行の会議室(FWRLDT)とワールドミュージックの会議室(FWBEAT…当時はまだFBEATの一つ)に登録。早速に定期巡回。その頃の会議室は週に1度アクセスすれば適度な発言が貯まっていて、それを読むのが週末の楽しみになっていた。
この時に通信専用に使っていたのはClassic
II。会議室は文字だけのやり取りだったし、9インチの画面に合うように改行入れながら書いていくと、ちょうど全角35文字程度で会議室やメールにピッタリだったこともある。
1996年5月。会議室でアクティブに発言するようになって、ログ管理が必要になってきた。通信ソフトを有名なComNifty+魔法のナイフ+茄子のセットに変えた。最初の設定にクセがあって導入を躊躇していたのだけど、一旦設定が出来てしまえば極めて快適なソフトだ。自動巡回も安定してる。
そうこうしている内に世の中はパワーマックの時代に。本体の値段もあれよあれよと言う間に今までの半額ぐらいが相場になってる。インターネットも日本語のサイトが出来てきて面白そうだ。そろそろ新機種に乗り換えを考えるかな。
つづく〜かも
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